信号無視と信仰心(2025-12-16)

自宅から最寄り駅までの間に、信号つきの交差点がある。

そこの交差点は、歩行者用信号を無視して横断する人が多い。一方通行だし、車通りもそんなに多くない。律儀に信号待ちしてると虚無時間が発生するので、車が来てないならいいじゃん、と横断歩道を渡りたくなる気持ちもわかる。

わたしはガチで遅刻しそうなとき以外はちゃんと信号を守っている優良市民ではあるが、別にいい子のつもりはなく、普段から信号無視してると年を取ってボケたときに、車が来そうなタイミングで信号無視をする迷惑老人になるのではないか、と恐れているからだ。老後のことを考えて、きちんと交通ルールを守っているのである。

その交差点の近くに、神社がある。

朝、神社の前の道路を通り過ぎようとすると、道路から拝殿に向かってお辞儀をするおじさんがいた。神社を通り過ぎる前に拝殿を向いて一礼していく人は結構見かける。信心深いなあと思いながら通り過ぎ、交差点でちょうど歩行者用信号が赤になったのでおとなしく待っていると、当たり前のように信号無視をして道路を渡っていく人が数人。

その中に、さっき、神社の前でお辞儀をしてたおじさんがいた。わたしはびっくりした。毎朝神様にお辞儀してから出勤するくらいの信仰心はあるのに、信号無視はするんだ!?と。

カルチャーショックだ。神様に見られてるとかそういうことは考えないのか。そもそも神様を信じてない?じゃあなんでお辞儀をしているのだポッター?

まあほかの人がなに考えてるかなんてわかんないし、どうでもいいか。わたしは車がまったく通らない交差点で、歩行者用信号が青に切り替わるのを待っているのだった。

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